Pour Valetchka - un baiser du ciel au-dessus du village bleu
16.5×24.2cm
紙・グアッシュ・インク・額装
左上、左下にサイン
1962年
Comité Marc Chagall 鑑定証書付
¥10000000-18000000
LOT 115
Marc Chagall (マルク・シャガール)〈1887-1985〉
Pour Valetchka - un baiser du ciel au-dessus du village bleu
16.5×24.2cm
紙・グアッシュ・インク・額装
左上、左下にサイン
1962年
Comité Marc Chagall 鑑定証書付
¥10000000-18000000
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マルク・シャガールの芸術を貫くもの、それは故郷への記憶と、愛する人への尽きることのない想いである。青く染められた村、その上空を漂う恋人たち、動物や人々、現実と夢とが境界なく交わる彼の世界では、記憶のなかの風景も、愛する者の姿も、重力から解き放たれて自由に空を舞う。本作《Pour Valetchka - un baiser du ciel au-dessus du village bleu(ヴァレチカへ―青い村の上空からの天の口づけ)》は、そうした独自の詩的世界が小さな紙面に凝縮された作品である。 シャガールは1952年、ロシア生まれのヴァレンティーナ・ブロツキー(通称ヴァヴァ)と結婚した。題名に掲げられた「Valetchka」はヴァレンティーナに由来するロシア語の親愛を込めた呼称であり、「Pour Valetchka」という言葉は、妻ヴァヴァへ向けられた親密な献辞として理解することができる。 彼にとって男女の愛は、画業の初期から晩年まで繰り返し描かれた重要な主題であった。1915年に最初の妻ベラ・ローゼンフェルトと結婚した頃から、寄り添う男女や空を飛ぶ恋人たちはその作品を象徴する存在となる。現実にはあり得ない浮遊する身体は、愛という目に見えない感情を可視化するかのように、恋人たちを地上の重力から解き放っていく。 本作では、画面下方に深い青に包まれた村が広がり、幾重にも重なる家々や小さな人物、動物の姿が描き込まれている。一方、その上には鮮烈な赤の天空が広がり、一組の男女が身体を寄せ合いながら浮遊している。「青い村」と「赤い空」という大胆な色彩の対比によって、地上と天空、日常と幻想という二つの領域が鮮やかに示されている。 画面下方の村は、彼が生涯繰り返し描いた故郷ヴィテブスクの記憶を想起させる。1887年、現在のベラルーシに位置するヴィテブスク近郊のユダヤ人家庭に生まれ、1910年にパリへ渡り、キュビスムやフォーヴィスムなど同時代の前衛芸術に触れた。しかし特定の芸術運動に自らを委ねることなく、故郷の家々、人々、動物、宗教的記憶を自身の想像力と結びつけ、独自の絵画世界を築き上げた。シャガールの描く「村」は写実的な風景というより、遠く離れた故郷の記憶が時間を超えて蘇る精神的な風景なのである。 その地上世界の上空を舞う恋人たちは、題名にある「un baiser du ciel(天からの口づけ)」という言葉と響き合う。青い村と赤い空、地上と天空、記憶と愛――異なる二つの世界を「口づけ」というイメージが結び合わせている。 本作が制作された1962年、75歳を迎えていた。この時期、その活動は油彩や紙作品のみならず、陶芸、モザイク、ステンドグラスなどへと大きく広がっていた。同年には、エルサレムのハダサ大学医療センターのシナゴーグのために制作した、イスラエル十二部族を主題とする12枚のステンドグラスが完成している。大規模な公共制作に取り組む一方で、恋人たち、故郷、自然、聖書といった、それまでの画業を貫く主題を変わらず探究し続けていた。 16.5×24.2センチという親密な大きさを持つ本作では、グワッシュによる鮮やかな色面にインクの自在な線描が重ねられ、限られた紙面に村から天空へと広がる豊かな空間が生み出されている。 故郷を想起させる青い村、その上空を舞う恋人たち、そして愛する女性へ向けられた「天からの口づけ」。「Valetchka」という親愛の名に捧げられた本作は、彼が生涯描き続けた「愛」と「記憶」という二つの主題が、一つの画面のなかで鮮やかに結び合わされた詩情豊かな作品である。