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LOT 84
小磯 良平〈1903-1988〉
婦人
40.5×40.5cm
キャンバス・油彩・額装
右下にサイン
1965年頃
小磯良平鑑定委員会鑑定証付
[literature]
『小磯良平油彩作品全集』No.406 掲載 (求龍堂:1988年), 『小磯良平全作品集』P157, No.o-0808 掲載 (求龍堂:2014年)
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小磯 良平〈1903-1988〉
婦人
40.5×40.5cm
キャンバス・油彩・額装
右下にサイン
1965年頃
小磯良平鑑定委員会鑑定証付
[literature]
『小磯良平油彩作品全集』No.406 掲載 (求龍堂:1988年), 『小磯良平全作品集』P157, No.o-0808 掲載 (求龍堂:2014年)
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近代日本の洋画史において、洗練された造形美と気品あふれる女性像を確立した巨匠・小磯良平。西洋古典絵画の厳格な構図秩序と、日本人の情緒に深く響く澄んだ色彩感覚を高次元で融合させた小磯良平の画業において、1960年代半ばから70年代へと至る時期は、油彩技法の冴えと表現の抒情性が最も美しく開花した時期であるといえよう。東京美術学校西洋画科で藤島武二に師事し、官展で彗星のごとく頭角を現した小磯は、1920年代後半のフランス留学を経てアングルやドガ、さらにはルーベンスやベラスケスといった西洋の巨匠たちの構図と質感を徹底して解体・再構築し、その研鑽の成果は、人物の内面性や精神的な品格までも画面全体に漂わせる洗練された油彩表現へと結実していったのである。
本作品「婦人」は、緊密な正方形のキャンバスの中に、1965年頃の小磯の卓越した筆致と静謐な美意識が凝縮された一枚である。画面に描かれた端正な顔立ちの女性は、1964年から約10年間にわたり小磯のモデルを務めた中出幸子氏と思われる。当時、大阪の梅田画廊で受付を務めていた中出氏は、その清楚で涼しげな目元、芯の通った品格ある佇まいによって画家の創作意欲を強く刺激した。小磯の女性肖像の系譜において、彼女をモデルとした作品群は高い人気と関心を集めており、画家の成熟期における象徴的な女性像を決定付けたミューズとしても知られている。
作品の構造上、何より特筆すべきは、その背景における類稀な色彩構成である。小磯良平の肖像画における背景色は、落ち着いた茶褐色やアースカラー、温かみのある黄土色などが選択されることが一般的であるが、本作では画面の左側半分近くに大胆なコバルトブルーが用いられている。この鮮やかで深い青の介入は、小磯作品の画面にこれまでにない鮮烈な透明感とモダンな華やかさをもたらしており、作品全体をどこか垢抜けて洗練された印象へ引き上げるのと同時に、画面に深い奥行きを醸しだすことで、鑑賞者の視線を一気にモデルの静かな瞳へと誘導している。
モデルが身に纏う衣装の描写においても、小磯の油彩技法の真骨頂が存分に発揮されている。赤を基調としたジャケットの鮮烈な色調に対し、黒い大きな襟と胸元の白が鮮やかな対比を成している。重厚な黒のラインは首筋から顔立ちへの視線移動をスムーズに導き、女性の肌の透明感と温かみのある血色をより一層際立たせ、その素早い筆致は、完成された肖像画としての格調を保ちながらも、制作の瞬間の躍動感を直接的に伝えている。
小磯良平の描く人物画の真髄は、写実的な正確さの奥に秘められた静寂と気品にある。小磯はモデルの存在を前にしながらも、単にその個人の特徴を記録するにとどまらず、自らの内面にある「理想の女性美」へと昇華させて画面を再構築した。本作においても、女性の瞳の焦点は僅かに鑑賞者の視線から外されており、それが画面に心理的な深みと静寂、そして果てしない思索の余白を与えているといえよう。実在のミューズである中出氏の面影を残しながらも、個人のポートレートを超えた近代女性の気品ある象徴へと昇華されている点に、小磯肖像画の最も深い魅力が存在するのである。
1965年頃という時代は、小磯が渡欧体験を経て体得した西洋の正統的技法と、日本的な抒情が見事な調和を見せた時期であった。右下に刻まれた「R.Koiso」の確かなサインとともに、正方形の画面の中に「澄んだ抒情」「洗練された造形」「凛とした品格」のすべてが収められた本作「婦人」は、珍しい青の背景も相まって、小磯芸術の神髄を身近に享受できる一作であるといえよう。