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LOT 243
Leonard Foujita (藤田嗣治)〈1886-1968〉
少女
33.4×24.0cm
紙・墨・水彩・額装
中央下にサイン「L.Foujita」・額裏にGalerie Paul Pétridèsシール、日動画廊シール
1967年
東美鑑定評価機構鑑定委員会鑑定証書付
[provenance]
Galerie Paul Pétridès (パリ), 日動画廊 (東京), 個人蔵 (日本)
解説を読む
¥
12000000
-
20000000
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LOT 243
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Leonard Foujita (藤田嗣治)〈1886-1968〉
少女
33.4×24.0cm
紙・墨・水彩・額装
中央下にサイン「L.Foujita」・額裏にGalerie Paul Pétridèsシール、日動画廊シール
1967年
東美鑑定評価機構鑑定委員会鑑定証書付
[provenance]
Galerie Paul Pétridès (パリ), 日動画廊 (東京), 個人蔵 (日本)
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20世紀初頭のパリにおいて、独自の「乳白色の肌」と細緻な墨の線により、エコール・ド・パリの寵児として画壇に不滅の足跡を刻んだレオナール・フジタ(藤田嗣治)。彼がその波乱に満ちた生涯の最終章を迎える前年、1967年に制作した本作「少女」は、画家の到達した無垢なる精神世界と、洗練を極めた独自の技法が奇跡的な調和を見せる極めて内省的かつ叙情的な逸品である。
本作が制作された1967年という時代は、フジタにとって肉体的な衰えと闘いながらも、自らの芸術的魂を宗教的救済と純粋無垢な世界へと完全に昇華させていた時期にあたる。前年の1966年には、画家の生涯の集大成ともいえるフランス・ランスの「ノートル=ダム・ド・ラ・ペ礼拝堂(通称シャペル・フジタ)」のフレスコ壁画を奇跡的な情熱で完成させており、本作はその記念碑的大仕事を成し遂げた直後の、深い安息と祈りの最中に紡ぎ出されたものと考えられる。晩年のフジタは、汚れなき子どもや少女の姿に、神聖なるものへの憧憬と、自らの魂の純化を重ね合わせており、「L.Foujita」というサインは、カトリックの洗礼名を授かってからの芸術的アイデンティティを雄弁に物語っている。
中央に佇む少女の大きく見開かれたアーモンド形の瞳は、エコール・ド・パリ時代からのフジタ作品を象徴する特徴的な造形であるが、ここでのまなざしは、かつての退廃的な哀愁を帯びたものとは一線を画している。そこにあるのは、現世のあらゆる喧騒から遮断された、澄み切った無垢そのものの光を宿した静かな眼差しである。わずかに結ばれた唇と、滑らかな面立ちを縁取る髪の毛の一筋一筋にいたるまで、画家の深い慈愛に満ちた眼差しが投影されている。少女の存在は、まるで現実の世界から一歩踏み込んだ、時が止まった夢幻の空間、あるいは天上の庭園に佇む聖性を帯びた存在のようにすら感じられる。フジタにとって、少女を描くことは、失われた無垢へのノスタルジーであり、同時に自らが到達した至高の精神の平穏を表現する手段であったといえよう。
さらに、本作の構造において最も興味深く、かつフジタの晩年の芸術世界を紐解く鍵となるのが、画面右上に小さく描き込まれた、四角い枠に縁取られた「画中画」の存在である。ここには、木製の踏み台らしきものの上に立ち、頭上に丸いお菓子或いパンのようなものが並んだ盆を恭しく捧げ持つ、もう一人の少女の姿が描かれている。この描写は、フジタが1950年代後半に情熱を注いだ晩年の代表的な連作「小さな職人たち」の系譜に連なるものであることは明白である。
1967年という人生の終盤において、清らかな少女の背景として、かつて自身が創造した「小さな職人たち」を思わせる愛らしい少女を「画中画」として再登場させたことは、フジタによる極めてプライベートなセルフ・オマージュといえる。過去に自らが慈しみ、生み出してきた「最愛の子供たち」の記憶を、いま一度自らの手で画面の中に呼び戻し、慈しむように描き添えたのであろう。この二重の少女の構図は、本作に単なる肖像画を超えた、フジタの画業全体を回顧するような深いストーリー性と回想録のような趣を与えている。