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LOT 60
有元 利夫〈1946-1985〉
二本の柱の間
53.3×45.8cm
板に張り付けたキャンバス・油彩・額装
右下にサイン、年記・裏面に署名、タイトル、年記
1979年
[exhibition]
『有元利夫全作品 1973~1984』P73, No.202 掲載 (新潮社 : 1991年)
有元利夫(1946–1985)は、東京藝術大学美術学部油画科に学び、在学中のヨーロッパ滞在を契機として初期ルネサンス絵画やフレスコ技法に強い関心を寄せた作家である。とりわけピエロ・デラ・フランチェスカをはじめとする古典絵画に触れた経験は、その後の制作に大きな影響を与えたことが知られている。帰国後はテンペラや岩絵具を用いた独自の画面を追求し、素材の質感や絵肌への関心を深めながら、1970年代後半には簡潔な構成と静謐な人物表現を特徴とする様式を確立した。その作品は現在、日本の近現代美術において確固たる評価を得ている。
本作《二本の柱の間》(1979年)は、その様式が明確に結晶しつつあった時期を示す優れた一作である。
画面中央には、二本の白い柱のあいだに静かに立つ人物が描かれ、左右に配置された柱が画面に明確な秩序を与えるとともに、その存在を際立たせている。簡潔に整理されたフォルムには宗教画やイコンに通じる崇高さが認められ、背景に広がる金地は遠近法的な空間を離れた象徴的・観念的な場を形成している。有元は、西洋古典絵画への理解と日本美術に見られる平面性・装飾性への意識とを結びつけ、独自の様式を形成しており、本作においても、秩序立てられた構成、簡潔な空間処理、古典絵画を想起させる絵肌の表現が相互に関係しながら画面を成立させている。
有元は1979年1月2日に次のような日記を残している。
「大晦日に買ったウォーターマンの美しい万年筆で書いている。ガムシャラにやってみる一年ではあると思う。一九八〇年迄が、僕のガムシャラ年と思う。ガムシャラながらも両目をしっかり開けて、見るべきものを見うしなう事なく、すすもう。勉強をわすれずに、貪欲に力をつけよう。今年は三十三歳になる年だ。四十歳まであと七年。三十五歳までに何か出来るかどうか!!良い作品を造りたい。良い仕事をしたい。」(1979年1月2日(火)有元利夫日記より抜粋)
とりわけ1979年は、有元利夫が独自様式を本格的に結晶させつつあった重要な時期にあたる。大学時代のヨーロッパ体験を契機として獲得した古典絵画への理解と、素材や絵肌への強い関心、そして簡潔な構成への志向が、この時期には高い水準で結びつき始めている。初期の試行を経て要素が整理され、作家固有の表現として定着していく過程が、本作にも明確に表れている。
静謐でありながら強く記憶に残り、優美でありながら深い精神性を湛える本作は、有元利夫の魅力を凝縮した優品である。画面の簡潔さと象徴性は鑑賞者に強い印象を与え、コレクションの中核を成し得る一作として位置づけられる。また、今後の市場においても継続的な評価が期待される作品として、注目すべき一点といえるだろう。
有元利夫は1985年、38歳という若さでその生涯を閉じたが、短い制作期間の中で確立されたその独自の様式と詩的世界は、現在に至るまで揺るぎない評価を受け続けている。本作は、その充実期における成果を明確に示すものとして、作家の本質に迫る重要な位置を占める作品である。
¥
10000000
-
18000000
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有元 利夫〈1946-1985〉
二本の柱の間
53.3×45.8cm
板に張り付けたキャンバス・油彩・額装
右下にサイン、年記・裏面に署名、タイトル、年記
1979年
[exhibition]
『有元利夫全作品 1973~1984』P73, No.202 掲載 (新潮社 : 1991年)
有元利夫(1946–1985)は、東京藝術大学美術学部油画科に学び、在学中のヨーロッパ滞在を契機として初期ルネサンス絵画やフレスコ技法に強い関心を寄せた作家である。とりわけピエロ・デラ・フランチェスカをはじめとする古典絵画に触れた経験は、その後の制作に大きな影響を与えたことが知られている。帰国後はテンペラや岩絵具を用いた独自の画面を追求し、素材の質感や絵肌への関心を深めながら、1970年代後半には簡潔な構成と静謐な人物表現を特徴とする様式を確立した。その作品は現在、日本の近現代美術において確固たる評価を得ている。
本作《二本の柱の間》(1979年)は、その様式が明確に結晶しつつあった時期を示す優れた一作である。
画面中央には、二本の白い柱のあいだに静かに立つ人物が描かれ、左右に配置された柱が画面に明確な秩序を与えるとともに、その存在を際立たせている。簡潔に整理されたフォルムには宗教画やイコンに通じる崇高さが認められ、背景に広がる金地は遠近法的な空間を離れた象徴的・観念的な場を形成している。有元は、西洋古典絵画への理解と日本美術に見られる平面性・装飾性への意識とを結びつけ、独自の様式を形成しており、本作においても、秩序立てられた構成、簡潔な空間処理、古典絵画を想起させる絵肌の表現が相互に関係しながら画面を成立させている。
有元は1979年1月2日に次のような日記を残している。
「大晦日に買ったウォーターマンの美しい万年筆で書いている。ガムシャラにやってみる一年ではあると思う。一九八〇年迄が、僕のガムシャラ年と思う。ガムシャラながらも両目をしっかり開けて、見るべきものを見うしなう事なく、すすもう。勉強をわすれずに、貪欲に力をつけよう。今年は三十三歳になる年だ。四十歳まであと七年。三十五歳までに何か出来るかどうか!!良い作品を造りたい。良い仕事をしたい。」(1979年1月2日(火)有元利夫日記より抜粋)
とりわけ1979年は、有元利夫が独自様式を本格的に結晶させつつあった重要な時期にあたる。大学時代のヨーロッパ体験を契機として獲得した古典絵画への理解と、素材や絵肌への強い関心、そして簡潔な構成への志向が、この時期には高い水準で結びつき始めている。初期の試行を経て要素が整理され、作家固有の表現として定着していく過程が、本作にも明確に表れている。
静謐でありながら強く記憶に残り、優美でありながら深い精神性を湛える本作は、有元利夫の魅力を凝縮した優品である。画面の簡潔さと象徴性は鑑賞者に強い印象を与え、コレクションの中核を成し得る一作として位置づけられる。また、今後の市場においても継続的な評価が期待される作品として、注目すべき一点といえるだろう。
有元利夫は1985年、38歳という若さでその生涯を閉じたが、短い制作期間の中で確立されたその独自の様式と詩的世界は、現在に至るまで揺るぎない評価を受け続けている。本作は、その充実期における成果を明確に示すものとして、作家の本質に迫る重要な位置を占める作品である。
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