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LOT 42
東山 魁夷〈1908-1999〉
雪渓
40.8×51.8cm
絹本彩色・額装
右下に落款、印
1950年 (昭和25年)
共箱
[exhibition]
『第6回 国土会展』出品 (日本橋高島屋:1950年)
[literature]
『風景との邂逅』P44, No.30として掲載 (日本美術教育センター:2001年), 『東山魁夷全作品集』P76, No.285として掲載 (求龍堂:2004年)
東山魁夷という不世出の画家の長い研鑽の歴史において、1950年(昭和25年)は、その芸術様式が揺るぎない確信へと至った年であるといえるであろう。この年、東山は日本画の戦後史の中でも非常に重要な作品となる「道」(東京国立近代美術館蔵)を発表する。肉親との相次ぐ死別や戦災を経て、絶望の淵から風景との対話を始めた画家が、一筋の道に自らの歩むべき指標を見出した大きな転換期ともいえるこの年に本作「雪渓」もまた制作されており、「道」と同様、1950年の静謐な情熱の中で生み出された一枚である。
作品を見てまず目を奪われるのは、画面全体を支配する清冽な白と、中央に湛えられた深い碧色との対比である。1950年前後の東山は、山岳という峻厳な自然の中に自らの内面を投影しており、人間を寄せ付けない厳しい自然の中に、汚れのない「美」の本質を見出す。
本作の造形的価値について、掲載文献『風景との邂逅』では、極めて示唆に富む分析が行われている。そこでは、春を迎えて雪の谷間を流れていく雪解け水の「雪の白さと水の青さ、雪と水流の形の響き合い」に着目し、自然の造形が見せる思わぬ変化が、いかに鑑賞者の目を楽しませるかについて言及されており、この批評が示す通り、東山はこの時期、彩色と形態の対比に対して極めて鋭敏な関心を抱いていた。
また、絹本彩色という技法を最大限に活かし、東山は雪の質感を驚くべき繊細さで表現している。雪の部分に使用されている胡粉は、幾重にも薄く、しかし確かな密度で塗り重ねられ、単なる平面的な白を超えて、たっぷりと水気を含んだ雪の「肌」を感じさせる。前述の文献でも高く評価されている通り、この雪の描写こそ、本作が冬の終わりではなく、確かな「春の訪れ」を告げる希望の表現であることを示している。冷たい雪の下で、生命の源である水が動き出し、光を反射して輝く。その碧色は、後に「東山ブルー」として世界を魅了することになる色彩の、最も純粋な萌芽であるともいえるであろう。
さらに特筆すべきは、本作が持つ美術史的な連続性である。東山はこの「雪渓」において、雪と水流の形態的探求を深化させ、その3年後には、東京国立近代美術館所蔵の名作「たにま」を完成させる。文献でも指摘されている通り、「たにま」に見られる、抽象化され、象徴性を増した造形美の源泉は、間違いなく本作「雪渓」にある。その意味で、本作は単独の作品として完成されているだけでなく、東山が至高の画家へと昇り詰める過程における、極めて重要な「思考の種」が宿った作品であるともいえるのである。
1950年という、東山の芸術が奇跡的な開花を見せた年に生まれた「雪渓」は「第6回 国土会」への出品作でもあり、名品「道」と魂を分かち合った、精神的登攀の記録であるともいえよう。厳しい冬を耐え忍び、純白の雪の下から清らかな水が流れ出す光景は、戦後の復興期を生き抜いた日本人の希望の象徴のようでもある。今日、我々がこの作品の前に立つときに感じるのは「冷たさ」ではなく、むしろ魂を優しく包み込むような不思議な「温もり」であり、それは、自然という鏡を通して、自己を、そして生命の尊厳を見つめ続けた東山魁夷という人間の、深い慈愛が画面から溢れ出しているからに他ならない。
¥
8000000
-
15000000
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東山 魁夷〈1908-1999〉
雪渓
40.8×51.8cm
絹本彩色・額装
右下に落款、印
1950年 (昭和25年)
共箱
[exhibition]
『第6回 国土会展』出品 (日本橋高島屋:1950年)
[literature]
『風景との邂逅』P44, No.30として掲載 (日本美術教育センター:2001年), 『東山魁夷全作品集』P76, No.285として掲載 (求龍堂:2004年)
東山魁夷という不世出の画家の長い研鑽の歴史において、1950年(昭和25年)は、その芸術様式が揺るぎない確信へと至った年であるといえるであろう。この年、東山は日本画の戦後史の中でも非常に重要な作品となる「道」(東京国立近代美術館蔵)を発表する。肉親との相次ぐ死別や戦災を経て、絶望の淵から風景との対話を始めた画家が、一筋の道に自らの歩むべき指標を見出した大きな転換期ともいえるこの年に本作「雪渓」もまた制作されており、「道」と同様、1950年の静謐な情熱の中で生み出された一枚である。
作品を見てまず目を奪われるのは、画面全体を支配する清冽な白と、中央に湛えられた深い碧色との対比である。1950年前後の東山は、山岳という峻厳な自然の中に自らの内面を投影しており、人間を寄せ付けない厳しい自然の中に、汚れのない「美」の本質を見出す。
本作の造形的価値について、掲載文献『風景との邂逅』では、極めて示唆に富む分析が行われている。そこでは、春を迎えて雪の谷間を流れていく雪解け水の「雪の白さと水の青さ、雪と水流の形の響き合い」に着目し、自然の造形が見せる思わぬ変化が、いかに鑑賞者の目を楽しませるかについて言及されており、この批評が示す通り、東山はこの時期、彩色と形態の対比に対して極めて鋭敏な関心を抱いていた。
また、絹本彩色という技法を最大限に活かし、東山は雪の質感を驚くべき繊細さで表現している。雪の部分に使用されている胡粉は、幾重にも薄く、しかし確かな密度で塗り重ねられ、単なる平面的な白を超えて、たっぷりと水気を含んだ雪の「肌」を感じさせる。前述の文献でも高く評価されている通り、この雪の描写こそ、本作が冬の終わりではなく、確かな「春の訪れ」を告げる希望の表現であることを示している。冷たい雪の下で、生命の源である水が動き出し、光を反射して輝く。その碧色は、後に「東山ブルー」として世界を魅了することになる色彩の、最も純粋な萌芽であるともいえるであろう。
さらに特筆すべきは、本作が持つ美術史的な連続性である。東山はこの「雪渓」において、雪と水流の形態的探求を深化させ、その3年後には、東京国立近代美術館所蔵の名作「たにま」を完成させる。文献でも指摘されている通り、「たにま」に見られる、抽象化され、象徴性を増した造形美の源泉は、間違いなく本作「雪渓」にある。その意味で、本作は単独の作品として完成されているだけでなく、東山が至高の画家へと昇り詰める過程における、極めて重要な「思考の種」が宿った作品であるともいえるのである。
1950年という、東山の芸術が奇跡的な開花を見せた年に生まれた「雪渓」は「第6回 国土会」への出品作でもあり、名品「道」と魂を分かち合った、精神的登攀の記録であるともいえよう。厳しい冬を耐え忍び、純白の雪の下から清らかな水が流れ出す光景は、戦後の復興期を生き抜いた日本人の希望の象徴のようでもある。今日、我々がこの作品の前に立つときに感じるのは「冷たさ」ではなく、むしろ魂を優しく包み込むような不思議な「温もり」であり、それは、自然という鏡を通して、自己を、そして生命の尊厳を見つめ続けた東山魁夷という人間の、深い慈愛が画面から溢れ出しているからに他ならない。
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8000000
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15000000
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