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LOT 146
白隠 慧鶴
寿老人
98.5×28.0cm
紙本水墨・軸装
左上に印「顧鑑咦」・中央右に印「隠白」「鶴慧」
18世紀 (江戸時代)
田中柏陰 (田中啓三郎) 箱書
[exhibition]
『特別展 HAPPYな日本美術 伊藤若冲から横山大観、川端龍子へ』No.41として出品 / 同展覧会図録 P52 掲載 (山種美術館:2024年)
[provenance]
個人蔵
日本美術の歴史を紐解くとき、これほどまでに強靭な精神性と、見る者を包み込むような慈愛が同居した作品を遺した絵師は、白隠慧鶴を置いて他にいないであろう。江戸時代中期、臨済宗中興の祖と仰がれ、禅の深淵なる真理を広く民衆に伝えるべく数多の禅画を揮毫した白隠。本作品「寿老人」は、白隠がその長い生涯を通じて到達した「祝祷」と「悟り」が結実した一幅である。
画面の上半分を大胆に支配するのは、漆黒の墨で揮毫された「寿」の一字。この一字を白隠は単なる記号としてではなく、一つの仏や神のごとき確かな存在感を持って描き出す。古来、この「寿」という文字は「ことぶき」の他、「いのちながし」とも読み、文字通り「命が長いこと」、すなわち永遠に続く生命の輝きを象徴する。白隠が揮う筆跡では「寿」の文字そのものが「命の力」を体現し、不動のエネルギーを湛える。この墨の気迫は、一目見た瞬間に鑑賞者の心を捉える力を持っているが、この厳格とも言える濃墨の「寿」の直下に目を転じれば、そこには白隠芸術の真骨頂である、観る者を和ませるユーモアと慈悲の世界が広がっている。画面中央から下部にかけて描かれているのは寿老人である。寿老人は、中国の道教に由来する神であり、南極老人星の化身とされ、人々の寿命を司るその姿は、通常、長い頭部と長い白髭、そして手には人々の寿命を記した巻物を結わえ付けた杖を持つ姿で表され、七福神の一柱としても広く親しまれてきたモチーフである。本作品では長い杖を肩口に携えて袈裟を着た様子が描かれており、最下部に見えるのは足であろうか。特に目を引くのは、薄墨で描かれ、誇張された「頭の長さ」である。白隠はこの寿老人の特異な造形を、文字通り「寿(いのちながし)」という概念の視覚的な比喩として描きだす。高く長く伸びた頭部は、ただ単に知識や知恵が詰まっていることを示すだけでなく、途切れることなく続いていく「長い命」そのものを象徴し、上部に掲げられた「寿」の文字が持つ「いのちながし」という意味を、白隠はその下に描いた寿老人の長い頭部という極めて具体的かつユーモラスな形によって、重ねて強調している。作品上部の力強い濃墨と下部の軽やかな薄墨。この極端なコントラストは、この世の真理、すなわち仏教哲学における存在(有)と非存在(空)が表裏一体であることも示唆するものであろう。
白隠の禅画は、古くから数々の蒐集家たちを虜にしてきたが、近代における白隠コレクターの双璧といえば、永青文庫の設立者である細川護立、そして大阪中之島美術館に多くのコレクションを寄贈した山本発次郎の名を挙げることができるが、美の本質を追求した細川氏や、独創的な審美眼で価値を見出した山本氏によってコレクションされたという事実は白隠芸術がいかに普遍的な魅力を備えているかを物語っている。
画面左上には、白隠が好んで用いた関防印「顧鑑咦(こかんい)」が捺されており、「顧」は自らを振り返ること。「鑑」は、自らかんがみて戒めとすること。「咦」は、説くことの出来ない境地を示し、右下には「隠白」と「鶴慧」の二つの印が残されている。
また、本作には近代南画界の泰斗であった田中柏陰による箱書きがなされているだけではなく、2024年に山種美術館で開催された『特別展 HAPPYな日本美術 伊藤若冲から横山大観、川端龍子へ』への出品歴を有しているという点でその真性が担保されている。
白隠の禅画を自らの空間に招き入れるという行為は、単なる美術品の収集を超えた、精神的な豊かさへの投資ともいえ、本作「寿老人」を眺めるたびに、力強い「寿(いのちながし)」の文字から活力を得て、その下で微笑む寿老人の長い頭部に人生のゆとりを重ねる。
白隠がこの作品に込めたのは、すべての人が健やかに、そして笑顔で長い命を全うできるようにという、時を超えた慈悲の祈りである。
¥
1500000
-
2500000
ABSENTEE BID
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白隠 慧鶴
寿老人
98.5×28.0cm
紙本水墨・軸装
左上に印「顧鑑咦」・中央右に印「隠白」「鶴慧」
18世紀 (江戸時代)
田中柏陰 (田中啓三郎) 箱書
[exhibition]
『特別展 HAPPYな日本美術 伊藤若冲から横山大観、川端龍子へ』No.41として出品 / 同展覧会図録 P52 掲載 (山種美術館:2024年)
[provenance]
個人蔵
日本美術の歴史を紐解くとき、これほどまでに強靭な精神性と、見る者を包み込むような慈愛が同居した作品を遺した絵師は、白隠慧鶴を置いて他にいないであろう。江戸時代中期、臨済宗中興の祖と仰がれ、禅の深淵なる真理を広く民衆に伝えるべく数多の禅画を揮毫した白隠。本作品「寿老人」は、白隠がその長い生涯を通じて到達した「祝祷」と「悟り」が結実した一幅である。
画面の上半分を大胆に支配するのは、漆黒の墨で揮毫された「寿」の一字。この一字を白隠は単なる記号としてではなく、一つの仏や神のごとき確かな存在感を持って描き出す。古来、この「寿」という文字は「ことぶき」の他、「いのちながし」とも読み、文字通り「命が長いこと」、すなわち永遠に続く生命の輝きを象徴する。白隠が揮う筆跡では「寿」の文字そのものが「命の力」を体現し、不動のエネルギーを湛える。この墨の気迫は、一目見た瞬間に鑑賞者の心を捉える力を持っているが、この厳格とも言える濃墨の「寿」の直下に目を転じれば、そこには白隠芸術の真骨頂である、観る者を和ませるユーモアと慈悲の世界が広がっている。画面中央から下部にかけて描かれているのは寿老人である。寿老人は、中国の道教に由来する神であり、南極老人星の化身とされ、人々の寿命を司るその姿は、通常、長い頭部と長い白髭、そして手には人々の寿命を記した巻物を結わえ付けた杖を持つ姿で表され、七福神の一柱としても広く親しまれてきたモチーフである。本作品では長い杖を肩口に携えて袈裟を着た様子が描かれており、最下部に見えるのは足であろうか。特に目を引くのは、薄墨で描かれ、誇張された「頭の長さ」である。白隠はこの寿老人の特異な造形を、文字通り「寿(いのちながし)」という概念の視覚的な比喩として描きだす。高く長く伸びた頭部は、ただ単に知識や知恵が詰まっていることを示すだけでなく、途切れることなく続いていく「長い命」そのものを象徴し、上部に掲げられた「寿」の文字が持つ「いのちながし」という意味を、白隠はその下に描いた寿老人の長い頭部という極めて具体的かつユーモラスな形によって、重ねて強調している。作品上部の力強い濃墨と下部の軽やかな薄墨。この極端なコントラストは、この世の真理、すなわち仏教哲学における存在(有)と非存在(空)が表裏一体であることも示唆するものであろう。
白隠の禅画は、古くから数々の蒐集家たちを虜にしてきたが、近代における白隠コレクターの双璧といえば、永青文庫の設立者である細川護立、そして大阪中之島美術館に多くのコレクションを寄贈した山本発次郎の名を挙げることができるが、美の本質を追求した細川氏や、独創的な審美眼で価値を見出した山本氏によってコレクションされたという事実は白隠芸術がいかに普遍的な魅力を備えているかを物語っている。
画面左上には、白隠が好んで用いた関防印「顧鑑咦(こかんい)」が捺されており、「顧」は自らを振り返ること。「鑑」は、自らかんがみて戒めとすること。「咦」は、説くことの出来ない境地を示し、右下には「隠白」と「鶴慧」の二つの印が残されている。
また、本作には近代南画界の泰斗であった田中柏陰による箱書きがなされているだけではなく、2024年に山種美術館で開催された『特別展 HAPPYな日本美術 伊藤若冲から横山大観、川端龍子へ』への出品歴を有しているという点でその真性が担保されている。
白隠の禅画を自らの空間に招き入れるという行為は、単なる美術品の収集を超えた、精神的な豊かさへの投資ともいえ、本作「寿老人」を眺めるたびに、力強い「寿(いのちながし)」の文字から活力を得て、その下で微笑む寿老人の長い頭部に人生のゆとりを重ねる。
白隠がこの作品に込めたのは、すべての人が健やかに、そして笑顔で長い命を全うできるようにという、時を超えた慈悲の祈りである。
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1500000
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2500000
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