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LOT 69
Léonard Foujita (藤田 嗣治) 〈1886-1968〉
小さな騎士
49.6×33.4cm
紙・水彩・グアッシュ・額装
右下にサイン、年記・裏板にギャルリーためながシール、日動画廊シール
1955年
東美鑑定評価機構鑑定委員会鑑定証書付
[provenance]
日動画廊(東京), ギャルリーためなが(東京)
「私の数多い子供の絵の小児は皆私の創作で、モデルを写生した者ではない。この世の中で見た小児の印象は忘れずに画の中に取り入れることもあるが、本当にこの世の中に存在している子供ではない。私一人だけの子供だ。私には子供がない。私の画の子供が、私の息子なり娘なりで一番愛したい子供だ」
藤田嗣治が第二次大戦以降から力を入れたのが、子どもを主題とした作品であった。藤田の描く子どもたちは、冒頭の画家の言葉のとおり実在する人物ではなく想像上の存在であり、彼らは画家が作りあげた理想の空間やこだわりのモチーフに囲まれて、思い思いに過ごす姿で表される。それらの作品には、子どもたちに向けた画家の愛情や、その姿に託した思いを感じさせ、ただ愛らしいだけではない不思議な魅力が込められている。
今回出品作《小さな騎士》もまた、画家の想像から生まれた少年を主人公とし、中世ヨーロッパのペイジ(騎士見習いの少年)風の装いをした姿を描く。ボブカットの茶髪に、白い丸襟がついた赤い上着を着る少年は、本作以外の複数の作品で見ることができ、お気に入りの恰好をする子どもの愛らしさ、そして小さな騎士の凛々しさに画家はきっとほほ笑んでいたことだろう。
少年の右手には騎士らしく馬鞭があり、一方で背後には白馬の三輪車が置かれており、真剣な少年の面差しと玩具の取り合わせはちぐはぐでありつつユーモラスで、画家の遊び心がうかがえる。実はこの三輪車は実在し、19世紀フランス第二帝政の皇帝ナポレオン3 世が息子のためにフランスを代表するメゾン・Hermès(エルメス)に注文した品で、現在もエルメスの3代目エミールの蒐集品を飾る書斎で大切に保管されている。藤田は1951年に、フォーブール・サン=トノレ24番地のエルメスのショーウィンドウに飾られていたこの玩具をスケッチし、油彩画や版画作品でも表したので、とても気に入ったモチーフであったと偲ばれる。
そして、画面の奥には木々や鳥が配された風景が広がるが、質感の表現からおそらくタペストリーが飾られていると見られる。
タペストリーは西洋では中世から壁掛けなど室内の装飾として使われた織物で、風景画から物語の場面までさまざまな絵柄が楽しまれてきた。
藤田もタペストリーを愛好していたようで、パリの蚤の市で買った15 世紀のタペストリーをアトリエに飾ったりしていたエピソードが残っている。タペストリーに限らず、藤田は若い頃からフランス更紗と呼ばれる「ジュイ布」を裸婦像と合わせて描くのを好み、装飾的な手染めの布が白い人肌の美しさを引き立てるのを狙うとともに、細密な布の描写を通して職人的な手仕事を賛美した。
本作のタペストリーが実在するかは不明だが、画面の多くを占める風景は本作の世界観を語り、この空間が画家の趣味がつまった舞台であることを伝える。
画家好みのタペストリーにお気に入りの白馬の三輪車、そして愛してやまない子どもがいる本作には、画家が夢想した理想の世界が広がる。
藤田嗣治は1913年、27歳でフランス・パリに渡り、古典絵画から最先端の前衛芸術まで直接触れ、自らも自由でオリジナリティのある作品を創造し、西洋画の本場で認められることを目指した。そして日本人である自分だからこそできる表現として、伝統的な日本絵画からヒントを得た、細く繊細な輪郭線と白く美しい絵肌を用いて優美な裸婦像などを描き、たちまちパリ画壇の寵児となった。
その後、第二次大戦時に日本に帰国すると軍の依頼で戦争画を制作したが、戦後にその活動が画壇や世間から批判を浴び、絶望して1950年にパリに戻る。そしてこの以降から、藤田は傷ついた心を癒すように子どもを主題とした作品を数多く制作するようになり、81歳で亡くなるまで描き続けた。
今回出品作は1955 年に制作されたもので、先のパリ時代で称賛を得た極細の線描や、少年の存在を引き立てる色彩、モチーフにあふれながら計算された配置によって生まれた統一感は、画家の卓越した表現力のなせる業である。
また、水彩という画材がもつ透明感を活かし、少年らしい爽やかさ、子どもらしい柔らかさも感じさせ、油彩画のイメージが強い画家の新たな魅力を気づかせてくれる。
一方、少年の立ち姿や騎士を象徴する品々、タペストリーの田園風景といったモチーフの組み合わせは、西洋古来の肖像画の形式を踏襲していること
も見逃せない。
西洋絵画では、歴史画に次ぐ格式高いジャンルと目された肖像画は、衣装や持ち物でそのモデルの立場や職業を示し、背景には所有する領地の風景などを表してモデルの社会的地位を明らかにすることが求められた。
藤田はこれまでも、西洋の伝統的な主題である裸婦を得意とし、戦争画でもドラクロワやベラスケスといった巨匠に並び立とうとする気持ちで取り組んだことが知られることから、本作もまた西洋絵画に挑む気概を感じさせる。
本作の少年の、貴公子のような気品と子どもらしいあどけなさをあわせもち、左手を腰に当てた堂々とした立ち姿はまるで西洋絵画の傑作と名高いゲインズバラの《青衣の少年》をも彷彿とさせるだろう。
愛する子どもがいる理想の世界であるだけでなく、老いてもなお消えない絵画への情熱をも伝える、充実の逸品である本作にぜひご注目いただきたい。
¥
15000000
-
25000000
ABSENTEE BID
LOT 69
Léonard Foujita (藤田 嗣治) 〈1886-1968〉
小さな騎士
49.6×33.4cm
紙・水彩・グアッシュ・額装
右下にサイン、年記・裏板にギャルリーためながシール、日動画廊シール
1955年
東美鑑定評価機構鑑定委員会鑑定証書付
[provenance]
日動画廊(東京), ギャルリーためなが(東京)
「私の数多い子供の絵の小児は皆私の創作で、モデルを写生した者ではない。この世の中で見た小児の印象は忘れずに画の中に取り入れることもあるが、本当にこの世の中に存在している子供ではない。私一人だけの子供だ。私には子供がない。私の画の子供が、私の息子なり娘なりで一番愛したい子供だ」
藤田嗣治が第二次大戦以降から力を入れたのが、子どもを主題とした作品であった。藤田の描く子どもたちは、冒頭の画家の言葉のとおり実在する人物ではなく想像上の存在であり、彼らは画家が作りあげた理想の空間やこだわりのモチーフに囲まれて、思い思いに過ごす姿で表される。それらの作品には、子どもたちに向けた画家の愛情や、その姿に託した思いを感じさせ、ただ愛らしいだけではない不思議な魅力が込められている。
今回出品作《小さな騎士》もまた、画家の想像から生まれた少年を主人公とし、中世ヨーロッパのペイジ(騎士見習いの少年)風の装いをした姿を描く。ボブカットの茶髪に、白い丸襟がついた赤い上着を着る少年は、本作以外の複数の作品で見ることができ、お気に入りの恰好をする子どもの愛らしさ、そして小さな騎士の凛々しさに画家はきっとほほ笑んでいたことだろう。
少年の右手には騎士らしく馬鞭があり、一方で背後には白馬の三輪車が置かれており、真剣な少年の面差しと玩具の取り合わせはちぐはぐでありつつユーモラスで、画家の遊び心がうかがえる。実はこの三輪車は実在し、19世紀フランス第二帝政の皇帝ナポレオン3 世が息子のためにフランスを代表するメゾン・Hermès(エルメス)に注文した品で、現在もエルメスの3代目エミールの蒐集品を飾る書斎で大切に保管されている。藤田は1951年に、フォーブール・サン=トノレ24番地のエルメスのショーウィンドウに飾られていたこの玩具をスケッチし、油彩画や版画作品でも表したので、とても気に入ったモチーフであったと偲ばれる。
そして、画面の奥には木々や鳥が配された風景が広がるが、質感の表現からおそらくタペストリーが飾られていると見られる。
タペストリーは西洋では中世から壁掛けなど室内の装飾として使われた織物で、風景画から物語の場面までさまざまな絵柄が楽しまれてきた。
藤田もタペストリーを愛好していたようで、パリの蚤の市で買った15 世紀のタペストリーをアトリエに飾ったりしていたエピソードが残っている。タペストリーに限らず、藤田は若い頃からフランス更紗と呼ばれる「ジュイ布」を裸婦像と合わせて描くのを好み、装飾的な手染めの布が白い人肌の美しさを引き立てるのを狙うとともに、細密な布の描写を通して職人的な手仕事を賛美した。
本作のタペストリーが実在するかは不明だが、画面の多くを占める風景は本作の世界観を語り、この空間が画家の趣味がつまった舞台であることを伝える。
画家好みのタペストリーにお気に入りの白馬の三輪車、そして愛してやまない子どもがいる本作には、画家が夢想した理想の世界が広がる。
藤田嗣治は1913年、27歳でフランス・パリに渡り、古典絵画から最先端の前衛芸術まで直接触れ、自らも自由でオリジナリティのある作品を創造し、西洋画の本場で認められることを目指した。そして日本人である自分だからこそできる表現として、伝統的な日本絵画からヒントを得た、細く繊細な輪郭線と白く美しい絵肌を用いて優美な裸婦像などを描き、たちまちパリ画壇の寵児となった。
その後、第二次大戦時に日本に帰国すると軍の依頼で戦争画を制作したが、戦後にその活動が画壇や世間から批判を浴び、絶望して1950年にパリに戻る。そしてこの以降から、藤田は傷ついた心を癒すように子どもを主題とした作品を数多く制作するようになり、81歳で亡くなるまで描き続けた。
今回出品作は1955 年に制作されたもので、先のパリ時代で称賛を得た極細の線描や、少年の存在を引き立てる色彩、モチーフにあふれながら計算された配置によって生まれた統一感は、画家の卓越した表現力のなせる業である。
また、水彩という画材がもつ透明感を活かし、少年らしい爽やかさ、子どもらしい柔らかさも感じさせ、油彩画のイメージが強い画家の新たな魅力を気づかせてくれる。
一方、少年の立ち姿や騎士を象徴する品々、タペストリーの田園風景といったモチーフの組み合わせは、西洋古来の肖像画の形式を踏襲していること
も見逃せない。
西洋絵画では、歴史画に次ぐ格式高いジャンルと目された肖像画は、衣装や持ち物でそのモデルの立場や職業を示し、背景には所有する領地の風景などを表してモデルの社会的地位を明らかにすることが求められた。
藤田はこれまでも、西洋の伝統的な主題である裸婦を得意とし、戦争画でもドラクロワやベラスケスといった巨匠に並び立とうとする気持ちで取り組んだことが知られることから、本作もまた西洋絵画に挑む気概を感じさせる。
本作の少年の、貴公子のような気品と子どもらしいあどけなさをあわせもち、左手を腰に当てた堂々とした立ち姿はまるで西洋絵画の傑作と名高いゲインズバラの《青衣の少年》をも彷彿とさせるだろう。
愛する子どもがいる理想の世界であるだけでなく、老いてもなお消えない絵画への情熱をも伝える、充実の逸品である本作にぜひご注目いただきたい。
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15000000
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