Catalog | iART auction
LOGIN
JP
EN
CN
LIVE BID
ABSENTEE BID
PADDLE No.
JP
EN
CN
CATALOGUE TOP
LOT 55
上村 松園〈1875-1949〉
初春図
130.0×36.2cm
絹本彩色・軸装
左下に落款、印
共箱・東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付
近代日本美術の地平において、明治、大正、昭和の三代にわたり、ひたすら女性美の深淵を追求し続けた孤高の画家、上村松園。松園がその七十余年の生涯をかけて築き上げた業績は、戦後、女性として初となる文化勲章の授与という形で歴史に刻まれた。本作「初春図」は、松園が到達した「近代的日本画」としての様式美が、最も芳醇に香り立つ昭和期の一幅であるといえよう。
1875年(明治8年)、京都・四条通り御幸町の茶葉屋に生まれた松園は、遷都後の静まり返った古都の空気の中で産声を上げる。しかし、千年の都としての誇りと、日本文化の真の担い手であるという意識は、当時の京都の人々の意識の根底に、より強固なものとして根付いており、母・仲子が切り盛りする茶葉屋の店先で、客たちが交わす世間話や、京の日常に息づく伝統的な嗜みを、松園は幼少期から呼吸するように吸収していく。この原体験こそが、後に研究者の加藤一雄が「松園の芸術は京菓子・京友禅と同じで、千年王城の地の文化が生んだものである」と称賛した、極めて純度の高い「京文化の結晶」としての松園芸術を形作っている。
松園の画業を理解する上で、日本画特有の「美人画」というジャンルについて考察することは不可欠である。西洋絵画において女性像は肖像画や風俗画の中に包含されることが一般的であるが、日本画における美人画は、写実的なリアリティを追う西洋の婦人像とは対照的に、多分に画家の嗜好や理想を投影した「主観的な理想美」の追求にその本質がある。松園の芸術は、高松塚古墳の壁画から始まり、正倉院の鳥毛立女、平安の絵巻物、そして江戸の寛文美人図へと至る、日本美術における女性美の系譜の正統なる後継者であると言える一方、特に京都に生まれ育った松園の芸術は、江戸浮世絵の自由闊達な表現とは一線を画す、関西独自の系譜を色濃く反映している。円山応挙が確立した写生画を土台とし、画格や様式を重んじた円山・四条派の流れ、駒井源綺や山口素絢らが紡いできた、格調高くも地味な傾向を持つ伝統を、松園は丹念に研究した。それでもなお、松園の研鑽は単一の派閥に留まることはなく、伝統的な画法を貪欲なまでに摂取しながら、同時に西川祐信や喜多川歌麿といった浮世絵師たちが描いた江戸の生命感をも自身の様式へと融合させており、本作「初春図」においても、円山・四条派の確かな写生力に基づいた空間構成と、浮世絵への傾倒を思わせる生き生きとした題材の選択が、松園流とも言うべき自由で独立した美人画様式として結実している。
本作「初春図」の類似作品として滋賀県立美術館に寄託されている「振そで」(図1参照) が挙げられる。「振そで」は大正3年(1914年)制作の作品であり、松園が文展などで評価を確立し、自身の表現を深化させていた時期の重要作であるが、大正期に制作された「振そで」が、伝統的な様式美を静かに追求したものであったとするならば、昭和期に描かれた本作「初春図」は、そこへ「近代的日本画」としての力強さと華やぎを付与した、画業の到達点とも呼べる仕上がりを見せている。
画面の中心を飾る若い女性は、未婚女性の最も格式高い髪形である「島田髷(しまだまげ)」を纏っている。江戸時代の島田宿の遊女や役者に由来を持つとされるこの髪型を、松園は単なる風俗的な描写ではなく、流麗な線描によって気高く描き出しているが、本作で特に注目すべきは、その島田髷を飾る簪(かんざし)に贅沢に施された金彩であろう。簪に施される金彩は非常に珍しく、新春の陽光を反射するように瑞々しく、見る者の魂を浄化するような典雅な色調を引き立てている。振袖についても、本作は大正期の類例と比較しても格段に豪華な仕様となっている。理知的な格子文様の上に、「花の丸文様」のように密度高く描かれた花は、岩絵具が重なることで、独特の深みのある色彩美を放つ。風に翻る振袖の裏地の「朱」の鮮やかさは、浮世絵から学び取った生命感を京の品格へと昇華させた独特の表現であり、格子が持つ直線的な美しさと、花の丸が持つ柔らかな曲線美は絹本の透明感と相まって、画面全体に「一点の卑俗なところもない」清澄な空気を生み出している。
また、本作の構図における「余白」の使い方は、松園の空間に関するバランス感覚の高さを示している。縦長の画面において、人物を中央からやや下寄りに配し、上部のおよそ半分をあえて広大な無地として残したこの「虚」の空間は、若い女性が凧をあげる先、画面の外へと無限に広がる新春の青空を想起させる精神的な装置となっている。また、凧と糸が足元にからまって振り返る姿には「動き」があり、この目に見えない「風」や「広がり」を描き出す力こそが、松園が美人画という狭い範疇を抜け出し、近代日本画の一つの確固たる様式を形成したと言わしめる理由であるといえよう。
松園はかつて、「女性は美しければ良いという気持ちで描いたことは一度もない。一点の卑俗なところもなく清澄な感じのする香り高い珠玉のような絵こそ私の念願とするところのものである」と語った。その理想は、本作の隅々にまで行き渡っており、画家が描く女性像は、単なる表面的な美の提示ではなく、その時代や作家の嗜好を超越した「普遍的な理想美」の探究そのものであった。本作に宿る、凜としていながらも柔らかな生命力は、松園が激動の三代を生き抜き、芸術に対して真摯であり続けた精神の投影に他ならない。
松園の作品は、現代においても色褪せることなく生き続けている。それは、松園の芸術が単なる美人画というジャンルに安住することなく、日本の伝統的画技を近代的な感覚で再構築した、類まれな強靭さを備えているからであり、本作「初春図」を落札するということは、上村松園という偉大な芸術家が、千年の都の記憶を背負いながら紡ぎ出した、日本の美の精神と誇りを、自らの生活の場へと迎え入れることを意味するであろう。
¥
10000000
-
20000000
ABSENTEE BID
LOT 55
上村 松園〈1875-1949〉
初春図
130.0×36.2cm
絹本彩色・軸装
左下に落款、印
共箱・東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付
近代日本美術の地平において、明治、大正、昭和の三代にわたり、ひたすら女性美の深淵を追求し続けた孤高の画家、上村松園。松園がその七十余年の生涯をかけて築き上げた業績は、戦後、女性として初となる文化勲章の授与という形で歴史に刻まれた。本作「初春図」は、松園が到達した「近代的日本画」としての様式美が、最も芳醇に香り立つ昭和期の一幅であるといえよう。
1875年(明治8年)、京都・四条通り御幸町の茶葉屋に生まれた松園は、遷都後の静まり返った古都の空気の中で産声を上げる。しかし、千年の都としての誇りと、日本文化の真の担い手であるという意識は、当時の京都の人々の意識の根底に、より強固なものとして根付いており、母・仲子が切り盛りする茶葉屋の店先で、客たちが交わす世間話や、京の日常に息づく伝統的な嗜みを、松園は幼少期から呼吸するように吸収していく。この原体験こそが、後に研究者の加藤一雄が「松園の芸術は京菓子・京友禅と同じで、千年王城の地の文化が生んだものである」と称賛した、極めて純度の高い「京文化の結晶」としての松園芸術を形作っている。
松園の画業を理解する上で、日本画特有の「美人画」というジャンルについて考察することは不可欠である。西洋絵画において女性像は肖像画や風俗画の中に包含されることが一般的であるが、日本画における美人画は、写実的なリアリティを追う西洋の婦人像とは対照的に、多分に画家の嗜好や理想を投影した「主観的な理想美」の追求にその本質がある。松園の芸術は、高松塚古墳の壁画から始まり、正倉院の鳥毛立女、平安の絵巻物、そして江戸の寛文美人図へと至る、日本美術における女性美の系譜の正統なる後継者であると言える一方、特に京都に生まれ育った松園の芸術は、江戸浮世絵の自由闊達な表現とは一線を画す、関西独自の系譜を色濃く反映している。円山応挙が確立した写生画を土台とし、画格や様式を重んじた円山・四条派の流れ、駒井源綺や山口素絢らが紡いできた、格調高くも地味な傾向を持つ伝統を、松園は丹念に研究した。それでもなお、松園の研鑽は単一の派閥に留まることはなく、伝統的な画法を貪欲なまでに摂取しながら、同時に西川祐信や喜多川歌麿といった浮世絵師たちが描いた江戸の生命感をも自身の様式へと融合させており、本作「初春図」においても、円山・四条派の確かな写生力に基づいた空間構成と、浮世絵への傾倒を思わせる生き生きとした題材の選択が、松園流とも言うべき自由で独立した美人画様式として結実している。
本作「初春図」の類似作品として滋賀県立美術館に寄託されている「振そで」(図1参照) が挙げられる。「振そで」は大正3年(1914年)制作の作品であり、松園が文展などで評価を確立し、自身の表現を深化させていた時期の重要作であるが、大正期に制作された「振そで」が、伝統的な様式美を静かに追求したものであったとするならば、昭和期に描かれた本作「初春図」は、そこへ「近代的日本画」としての力強さと華やぎを付与した、画業の到達点とも呼べる仕上がりを見せている。
画面の中心を飾る若い女性は、未婚女性の最も格式高い髪形である「島田髷(しまだまげ)」を纏っている。江戸時代の島田宿の遊女や役者に由来を持つとされるこの髪型を、松園は単なる風俗的な描写ではなく、流麗な線描によって気高く描き出しているが、本作で特に注目すべきは、その島田髷を飾る簪(かんざし)に贅沢に施された金彩であろう。簪に施される金彩は非常に珍しく、新春の陽光を反射するように瑞々しく、見る者の魂を浄化するような典雅な色調を引き立てている。振袖についても、本作は大正期の類例と比較しても格段に豪華な仕様となっている。理知的な格子文様の上に、「花の丸文様」のように密度高く描かれた花は、岩絵具が重なることで、独特の深みのある色彩美を放つ。風に翻る振袖の裏地の「朱」の鮮やかさは、浮世絵から学び取った生命感を京の品格へと昇華させた独特の表現であり、格子が持つ直線的な美しさと、花の丸が持つ柔らかな曲線美は絹本の透明感と相まって、画面全体に「一点の卑俗なところもない」清澄な空気を生み出している。
また、本作の構図における「余白」の使い方は、松園の空間に関するバランス感覚の高さを示している。縦長の画面において、人物を中央からやや下寄りに配し、上部のおよそ半分をあえて広大な無地として残したこの「虚」の空間は、若い女性が凧をあげる先、画面の外へと無限に広がる新春の青空を想起させる精神的な装置となっている。また、凧と糸が足元にからまって振り返る姿には「動き」があり、この目に見えない「風」や「広がり」を描き出す力こそが、松園が美人画という狭い範疇を抜け出し、近代日本画の一つの確固たる様式を形成したと言わしめる理由であるといえよう。
松園はかつて、「女性は美しければ良いという気持ちで描いたことは一度もない。一点の卑俗なところもなく清澄な感じのする香り高い珠玉のような絵こそ私の念願とするところのものである」と語った。その理想は、本作の隅々にまで行き渡っており、画家が描く女性像は、単なる表面的な美の提示ではなく、その時代や作家の嗜好を超越した「普遍的な理想美」の探究そのものであった。本作に宿る、凜としていながらも柔らかな生命力は、松園が激動の三代を生き抜き、芸術に対して真摯であり続けた精神の投影に他ならない。
松園の作品は、現代においても色褪せることなく生き続けている。それは、松園の芸術が単なる美人画というジャンルに安住することなく、日本の伝統的画技を近代的な感覚で再構築した、類まれな強靭さを備えているからであり、本作「初春図」を落札するということは、上村松園という偉大な芸術家が、千年の都の記憶を背負いながら紡ぎ出した、日本の美の精神と誇りを、自らの生活の場へと迎え入れることを意味するであろう。
¥
10000000
-
20000000
ABSENTEE BID
CATALOGUE TOP